和9年の春、梅の花が開いたそのときに、二人の女が鎌倉の山荘へ、 とある青年を訪ねていったことから始めましょう。 青年はただただ梅の初花の前で鴬を待っていました。その青年の名は知実。 かつて製糸会社の若社長で、二人の女と関係があったもよう。
一人の女は知実が愛人にしていた女工で、今はカッフェーの女給をしている女、依子。 もう一人の女は知実の元婚約者であり、かつての面影を失った女、雪枝。 二人の女は、記憶を無くした知実をかいがいしく支える奇妙な女、梅に出迎えられます。
皆で揃い、思い出話をするうちに、記憶が花開き、昭和の御代が色づきます。 いつしか過ぎし日の出来事と鎌倉の地で非業の死を遂げた魂、源実朝(鎌倉幕府の開祖、源頼朝の息子)の歌と混じり合い、あわれのほかには言葉が見つからない一夜の幻に変わり、露と消えてゆきました。 実に、摩訶不思議な幻想奇談であります。
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